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東京地方裁判所 昭和41年(ヨ)2241号 決定

申請人 喜多パン工業株式会社

右代表者代表清算人 進藤豊

右代理人弁護士 益本安造

〈ほか二名〉

被申請人 日本労働組合総評議会全国一般労働組合東京地方本部喜多パン工業労働組合

右代表者執行委員長 成田精人

右代理人弁護士 近藤忠孝

〈ほか三五名〉

主文

一、被申請人は、その所属組合員または支援団体員等の第三者により、「申請人が別紙物件目録(一)第一及び第二記載の土地の上にある別紙物件目録(二)記載の建物及びその他の工作物、工場施設一切を解体し且つ右解体によって生じた物件等を別紙物件目録添付の図面に正門と表示されている部分に該当する部分を通じて前記土地の一部に隣接する公道(富士見通)に搬出する作業」を妨害してはならない。

二、被申請人は、前項の土地内の正門通路に構築又は存置されたバリケード及び車輌を本件仮処分決定送達後二時間以内に撤去しなければならない。

三、執行吏は、被申請人が前項の期間中に前項の各物件を撤去しなかったときは、申請人の申出により被申請人の費用でこれを撤去することができる。

四、申請費用は被申請人の負担とする。

理由

第一、本件仮処分申請人について

被申請人において、本件仮処分申請は喜多パン工業株式会社が申請したことになっているが実質的には山崎製パン株式会社によって遂行されているものであると主張するので、先ずこの点について判断するのに本件仮処分申請書に申請人として表示されている喜多パン工業株式会社が現存の会社であり、本件申請はその代表取締役である進藤豊から委任授権された訴訟代理人によってなされたものであることは、疎甲第三六号証(会社登記簿謄本)、本件記録添付の委任状、資格証明に照らし明白であって、本件申請人が山崎製パン株式会社であると解すべき資料は全くない。もっとも喜多パン工業株式会社は本件申請前から、山崎製パン株式会社に対し債務を負担するばかりでなく、これよりさき石川産業株式会社、日清製粉株式会社等に対して多くの債務を負担した結果経営難に陥り、大口債権者らの意向にもとづき昭和三七年五月から昭和三九年三月まで山崎製パン株式会社あるいは同会社代表取締役飯島藤十郎の実弟飯島一郎(この間申請会社代表取締役として在任)に事実上経営を委せたことがあり、また、昭和三九年四月以降申請会社が操業を停止するに至ったのは、山崎製パン株式会社を含む債権者らが右飯島一郎から申請会社の全株式の引渡を受けた上申請会社に対し操業停止を求める意向を示したからであることは、後に判示するとおりであるけれども、これだけでは、喜多パン工業株式会社が既に山崎製パン株式会社に合併されて法律上独自の存在を失ったものということはできない。けだし、経営困難に陥った会社が債権者の強い統制を受け、役員派遣その他の方法によって会社運営の実権を債権者に握られる事例は必ずしも稀ではないが、かような場合にも、その会社につき解散・合併の決議、清算等人格消滅のため必要な法定の手続が行われないかぎり、右会社の人格は法律上当然に失われるものではないからである。それ故申請会社が本件申請前既に山崎製パン株式会社に事実上合併され権利能力、当事者能力を失ったという被申請人の主張は採用し得ない。

第二、そこで、≪疎明省略≫によって当裁判所の一応認める事実関係ならびにこれに基づく判断の要旨は次のとおりであり、提出された全疎明をみても右一応の認定をくつがえすに足る疎明はない。

一、争議の経緯

申請会社は、昭和三二年肩書地に製造工場を新設し、従業員約二〇〇名を使用して製パン業を営み、昭和三四、五年頃には従業員数約五〇〇名に及んだが、昭和三七年頃から次第に経営不振となったので、それまで代表取締役であった吉沢栄一らは同年一月一四日同人ら保有の申請会社株式の全部を日清製粉株式会社、石川産業株式会社その他の会社債権者らに引渡して経営の実権からはなれ、右債権者らは石川産業株式会社役員小林喜三郎を同月二六日申請会社代表取締役に就任(同年二月二日登記)させて経営にあたらせ、次で、大口債権者日清製粉株式会社と取引関係のあった山崎製パン株式会社に依頼して、同会社社長飯島藤十郎の実弟で同会社専務取締役である飯島一郎を同年五月三〇日申請会社代表取締役に就任(同年六月一一日登記)させその経営にあたらせたほか山崎製パン株式会社従業員七名を申請会社に出向させ、且つ申請会社に対し継続的に融資をさせる等経営不振挽回の諸策を講じ、他方申請会社はいずれも山崎製パン株式会社の許可を得て、同年九月二四日商号を山崎製パン山崎工場と変更(同年一〇月一日登記)し且つ「山崎パン」の商標の使用を開始する等製品の売上増加を策した。しかし、やがて申請会社の生産が量質ともに低下するに及んで山崎製パン株式会社が申請会社に対し商標及び商号使用の許可を撤回する旨申入れてきた結果、申請会社は商号を従前の喜多パン工業株式会社に復するの止むなきに至り、商標だけは許しを得て使用を継続していたが、次いで山崎製パン株式会社は債権者らに対して申請会社の運営に関与することを辞退したい意向を表明したので、債権者らは、あらためて前記飯島一郎個人に申請会社の運営を担当せしめることとし、同人は同年一一月一九日山崎製パン株式会社取締役を辞任の上、申請会社の全株式を取得して右運営に専念し挽回につとめたけれども遂に及ばず、結局同人は申請会社全株式を会社債権者らに引渡して昭和三九年三月二七日申請会社取締役兼代表取締役を退任(同年四月六日登記)するに至った。そこで、会社債権者らは、申請会社の操業を停止させた上、清算の方法により債権の回収をはかるほかなしとしてその方針を決め、会社設立以来工場長であった進藤豊は、右債権者らの意をうけて同年三月三一日会社代表取締役となり、(同年四月六日登記)同年四月九日操業を停止し、同月一五日以降数回にわたって後記守衛を除く全従業員を解雇し、なお、債務弁済のため本件土地を処分しようとしている。

被申請組合は、申請会社従業員を以て組織する労働組合であって、昭和三六年一一月結成され、同月二日以来会社食堂(別紙物件目録(二)4)の一部を会社から無償で借受け、組合事務所として使用していたものであるが、前記操業停止及び解雇に反対し、申請会社に対し操業再開、組合員解雇撤回を要求して団体交渉とストライキとをした結果、昭和三九年一二月一九日申請会社と被申請組合(以下組合という)との間に日本労働組合総評議会全国一般労働組合東京地方本部組織部長大沢栄一及び山崎製パン株式会社取締役片岡武において立会人名義で記名押印した、「(一)申請会社はさきに行った組合員三五名に対する解雇を撤回し、これら組合員は改めて昭和三九年四月九日付で申請会社を退職する。(二)申請会社は組合に対し退職金ならびに解決金合計五三四万円を支払う。(三)申請会社は組合員を他社に就労できるよう極力あっせんする。(四)組合および組合員は昭和四〇年一月二〇日申請会社に組合事務所を返還し、会社の工場、寮から立退く。」等を骨子とする協定を締結した。その後、申請会社は右協定の趣旨に従い、退職金ならびに解決金を全額組合に支払い、組合は昭和四〇年二月二三日前記組合事務所の占有を放棄し、組合員の大半は逐次山崎製パン株式会社に採用されたが、昭和四〇年六月同会社が残りの組合員七名を雇入れることはできないという意向を明らかにするに及んで、被申請組合は山崎製パン株式会社に対し右七名の雇入れあるいは就労を要求し、組合員約二九名、支援団体員約一〇〇名を以て紛争を続けて現在にいたっている。

二、被保全権利について

別紙物件目録(一)第一記載の各宅地はいずれも昭和三六年以来申請会社の所有であり(公文書である疎甲第一八ないし第二二号証)、また別紙物件目録(一)第二記載の各宅地はいずれも申請会社において昭和三五年以降所有者板橋初太郎から、同四〇年中山崎製パン株式会社の所有に帰して後は同社からそれぞれ賃借し、工場用建物敷地として占有使用し、操業停止後も現在まで、別紙物件目録(二)記載の全土地(以下、「本件土地」という。)の唯一の出入口である公道(富士見通)に面する正門脇の守衛所にすくなくとも昼勤一名、夜勤二名の守衛を常駐させ、申請人組合員を含む一切の人の出入を記録させ、また本件土地全般を巡視させ異常の有無、内容を逐一社長に報告させその占有を確保している。

被申請人は、「山崎製パン株式会社が申請会社に飯島一郎を派遣し且つ従業員数名を出向させ、申請会社の商号が山崎製パン板橋工場と変更され、更に同年一〇月申請会社の製品のすべてに『山崎パン』の商標が用いられるに至った段階において、申請会社は事実上山崎製パン株式会社に吸収合併され前者の権利はすべて後者に包括的に承継されたのであるから、申請会社は別紙物件目録(一)第一記載の各宅地についての所有権及び同目録第二記載の各宅地についての占有権を喪失したものである。」旨主張するけれども、前認定の事実関係だけでは、申請会社が法律上その人格を失ったものと認めることができないことは前述のとおりであり、しかも、山崎製パン株式会社と申請会社との間に右事実関係の示すような経営担当ないし債権者の一員としての経営支配の関係が存在したからといって、それだけで前者が後者に事実上吸収合併され前者の財産権が悉く後者に移転するに至ったと認めることも到底できないから被申請人の右主張は理由がない。

ところで、申請会社が本件土地上の各建物をとりこわして更地とした上別紙目録(一)第一の土地所有権及び同(二)の土地の借地権を他に売却する目的で昭和四一年三月二六日午後二時頃作業員約七二名をもって本件土地上に存する申請会社所有の別紙目録(二)記載の各建物その他の工作物、工場施設一切を解体搬出する作業に着手したところ、約一時間後被申請組合の指図にもとづき被申請組合員及び支援団体員約一〇〇名が右解体搬出作業現場に押寄せ、被申請組合員成田精人、大木仁伍、平良実、福本辰昇らは立入厳禁の制札を無視し、作業員によって張りわたされたロープを越えて作業場に立入り、支援団体員多数は工場正門に集結し、作業員らに怒声をあびせて解体搬出作業を妨害せんとする気勢を示し、被申請組合員成田、福本らは作業員の制止に耳をかさず、作業現場中央附近に立入って、危険予防上、取こわし材の投下を不可能ならしめ、被申請組合員平良、福本らは作業員の運転しようとするレッカー車の前や破壊された物件の上にすわりこんで取壊し搬出作業を妨害し、また被申請組合員成田、大木は、作業員と作業手順打合せ中の申請会社代表者に対し「関係のない者は出て行け。」と怒号しつつ、その身体を突いたり引いたりする暴行を加え、遂に申請会社による前記建物等解体搬出作業を中止のやむなきにいたらせたが、その後被申請人は支援団体員約一〇名を使用して昭和四一年四月二日本件土地のうち別紙図面中正門と示されている部分に該当する部分の鉄柵内測に満水したドラム罐を並べ、約一五センチメートル角の木材を斜交して取り付けバリケードを構築し、右鉄柵外側に車輌を存置するなどして正門の通行を妨害している。

被申請組合は、「山崎製パン株式会社に対し執行委員長組合員成田精人、組合員大木仁伍、平良実、福本辰昇、片倉寛、大谷和代、伊藤弘志の七名の就労を要求するため山崎製パン板橋工場内において正当な争議行為を行ってきたものであって、その一環として本件土地内で暴力的に行われようとした右工場建物取壊しに対し抗議をしたものに過ぎない」と抗争するけれども、飯島一郎が昭和三九年三月前記のように申請会社の全株式を会社債権者らに引渡して申請会社代表取締役を辞任した後は、山崎製パン株式会社の申請会社経営に対する事実上の影響力は既に会社債権者の一員としてのそれにすぎなくなっているのであるから、山崎製パン株式会社に対する被用者の要求を貫徹するため、申請会社に対して争議行為を行うことは仮に申請会社を介してその背後にある山崎製パン株式会社に対する圧力を狙うものであったとしても申請会社が山崎製パン株式会社の傘下会社として受忍すべきものではなく、本来相手方の処理能力を超えた事項につき争議を行うことに帰着するのみならず、前示のようにとりこわし材投下地点に立入ってこれを妨げ、レッカー車の前や破壊された物件の上にすわりこみ、作業打合せ中の申請会社代表者の身体を突いたり引いたりし、また前示のようなバリケードを構築或は車輌を存置して正門の通行を妨げる等の方法を以て会社代表者及び作業員による本件土地地上建物等の解体搬出作業を阻止するが如きは、言論による説得ないし団結による示威の範囲を逸脱するものである。従って、いずれの点からしても、前記建物の解体搬出阻止を以て正当な争議行為であるとする被申請人の主張は採用できない。

三、仮処分の必要性について

申請会社において別紙物件目録(二)記載の各建物を含む本件土地上の建物等をとりこわしに着手したのは、これらを早急に収去して、本件土地を更地とし、右土地の所有権、借地権を他に売却するためであることは前示のとおりであり、もし、右売却が成功すれば坪(三・三平方米)当り、所有地については一五万円、借地については約九万円の代金収入が見込まれる結果これに見合う負債の消却が期待できるのみならず、借地権譲渡については貸主山崎製パン株式会社の承諾が、また買手のつくまでの間の利用については株式会社中野組から材料置場として月賃料五五万円で賃借したい旨の申込がそれぞれあるので、申請会社としては一日も早く前記とりこわしを完了することを望んでいるところ、被申請人組合の指示による前記のようなとりこわし作業妨害に遭い完了できなかったものであって、今後これを強行しようとし、あるいは、その前提として、前記バリケードを撤去しようとするにおいては、被申請組合の指示により同組合員及び支援団体員から同様の妨害を受ける虞があること、及びそれだからといって空しく拱手傍観してとりこわしを行わなければ、昭和四一年一月現在の長期借入金三億三千余万円、支払手形金三百三十余万円、等の金利のほか毎月建物の管理保存のため人件費、地代光熱費、交通費、公課等が累積するばかりであって、申請会社は著しい損失を免れないことがそれぞれ一応認められる。

従って、前記とりこわし作業に対する被申請組合の妨害行為を禁止し、且つ現に存するバリケード及び車輌の除却等につき主文のような仮処分をする緊急の必要性が存在するといわなければならない。

四、なお、東京地方裁判所は同庁昭和四一年(ヨ)第二二三三号占有妨害排除仮処分申請事件の決定において東京都板橋区富士見町四番地一四所在木造トタン葺平家建事務所建坪約二〇平方米の敷地内に存する便所への通行及びその使用を妨げる等右建物に対する組合の使用占有を実力で妨害することを申請会社に禁止しているが、別紙物件目録(二)7の便所は同所四番地九の地上に存するものであって、前記敷地内に存するものではないから、申請会社において右便所の解体搬出をなし得べきことを前提とする本件妨害禁止仮処分申請を認容してもさきになされた前記仮処分に牴触しない。

五、結論

以上の次第であるから本件申請を許容し、会社に保証として金二〇万円を供託させた上、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 川添利起 裁判官 園部秀信 西村四郎)

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